◆↓ 免疫学の権威と呼ばれていた宮坂昌之さんによる記事
「免疫学からのコロナ(大阪大学 宮坂昌之 名誉教授)」2020.07.03(Ameba)
上記↑の少し前のインタビュー記事↓
◆「一般に信じられている集団免疫理論はどこがおかしいのか免疫の宮坂先生に尋ねてみました(上)(木村正人)」2020.05.16(Yahoo! JAPAN ニュース)
以下は記事消滅に備えた個人的バックアップ(2024.07.19)
2020-07-13 08:47:06
免疫力を上げるといっても、実際何をしていいかわかりませんよね。
「新型コロナで集団免疫はできない」免疫学者の警告
抗体だけで免疫を語ると道を誤る。免疫学の第一人者である大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授の宮坂昌之さんはこう断言する。「日本のコロナ対策に関する議論には、いくつか大きな誤解がある。抗体だけが免疫だと短絡的に考えるのは誤りだ。また、(一定率以上の人が感染すれば、それ以上感染が拡大しない)集団免疫は、新型コロナウイルスでは獲得できない」という。免疫を十分に発揮する方法も含め、宮坂さんに聞いた。
抗体なし=感染リスク高、ではない
――抗体に注目しすぎる議論はやめにしようとおっしゃっています。どういう意味でしょうか。
「先日、厚生労働省が抗体検査の結果を発表し、東京で新型コロナウイルスへの抗体を持っている人は全体の0.1%だと発表されました。そうなると、残りの99.9%は抗体がないから感染する可能性があると考えませんでしたか」
――思いました。そうではないのですか?
「体の抵抗力つまり免疫といえば、抗体だと考えるから、そう思うのですが、それは20年前までの古い考えです。新型コロナウイルスに関しては、抗体は免疫機構の中でそんなに大きな役割を担っていないかもしれません。回復した人の3分の1はほとんど抗体を持っていないという研究結果もあります」
「人間の免疫はもっと重層的です。まず、人体が持つ免疫機構を説明しましょう。免疫機構は、自然免疫と獲得免疫の二段構えです。自然免疫は生まれた時から備わっているもので、皮膚や粘膜の物理的なバリアーやそこにある殺菌物質が病原体を殺す化学的なバリアーがあり、病原体の体内への侵入を防ぎます。バリアーが突破されても、続いて白血球の一種である食細胞が病原体を食べて殺してくれます。ここまでが自然免疫です。食細胞は全身に分布し、常時、異物の侵入を見張っています。いわば城のいたるところでたくさんの足軽が槍(やり)や刀を持って常時見回りをしていて、外敵を見つけたら、その場で撃退してくれるようなものです。病原体が侵入して数分から数時間のうちに発動します。だから、抗体など持たなくても、自然免疫が強ければ、自然免疫だけで新型コロナウイルスを撃退できる人もいるのです。ここが完全に見落とされています。
自然免疫で新型コロナウイルスを排除できなかったら、獲得免疫の出番です。獲得免疫は発動するまでに数日かかります。最初に刺激されるのは、ヘルパーTリンパ球で、獲得免疫の司令塔です。これがBリンパ球に指令を出すと、Bリンパ球は抗体を作ります。一方、ヘルパーTリンパ球が兄弟であるキラーTリンパ球に指令を出すと、キラーTリンパ球はウイルスに感染した細胞を殺します。獲得免疫はいわば本丸を守る役目の高級将校ですね。
ここで大事なのは、抗体はウイルスを殺しますが、ウイルスに感染してしまった細胞を殺すことはできないのです。抗体は大きなたんぱく質なので細胞の中には入れず、細胞膜の中に隠れているウイルスは殺せません。細胞の外にある、これから細胞に感染してやろうというウイルスや、感染細胞から放出されるウイルスは殺せますが、すでにウイルスの侵入を許してしまった細胞は殺せません。それができるのは、キラーTリンパ球なのです。キラーTリンパ球は抗体と同様に重要です。
そして、人間の体は、自然免疫が強いと獲得免疫も強いという性質があります」
自然免疫だけで撃退できる人も
――つまり、抗体の保持率イコール既に感染して治った割合ではないと?
「その通りです。先ほど述べた、感染者の3分の1が抗体を持っていなかったか、あるいはごくわずかしか持っていなかったのは、自然免疫だけでウイルスを排除したか、キラーTリンパ球が活躍して感染細胞を殺した結果、回復したと考えられます」
――どのくらいの割合の人が自然免疫だけでウイルスを排除できるのでしょうか。
「それは分かりません。我々全体の10%くらいは自然免疫だけで新型コロナウイルスを排除できるのではないかと私は推測しています」
――キラーTリンパ球の活躍でウイルスを撃退した患者さんは何割くらいになるのでしょうか。
「こちらも分かりません。一般的には、ヘルパーTリンパ球は、抗体を作るBリンパ球にもキラーTリンパ球にも同じように作用すると思われます。インフルエンザウイルスが侵入すると、抗体もキラーTリンパ球も同程度作られます。キラーTリンパ球がどれくらい作られたのかを測定するのは、生のウイルスを扱う必要があり、安全性が高い研究施設でないと測れません」
抗体にも「悪玉」がいて・・・
――抗体だけではすでに感染した人の割合を知る指標にはならない、感染細胞を殺すキラーTリンパ球の量も簡単には測れない。私たちは何を基礎に議論を進めればいいのでしょう。
「その前にもう一つ、抗体の役割についても、大きな誤解があります。抗体であれば、すべてウイルスを撃退すると考えていませんか」
――抗体は、病原体を殺し、排除する役割を持つのだから、そう考えるのは当然では?
「そうではありません。抗体は3種類の振る舞いをします。一つは、みなさんがよく知っている、ウイルスを攻撃し排除する抗体、私はこれを『善玉抗体』と呼んでいます。逆にウイルスを活性化させる抗体『悪玉抗体』もあれば、ウイルスを攻撃もしないし活性化もしない『役なし抗体』もあるのです。
武漢医科大学で感染者の血液を調べたところ、感染者のうち無症状の人は抗体量が少なく、重症者は発症後何日たっても、無症状、軽症の人より常に抗体が多い傾向がはっきりと示されました。善玉抗体がたくさんできてウイルスを撃退すれば軽症で済むはずなのに、重症者は常に抗体が多いということは、新型コロナウイルスは悪玉抗体をたくさん生み出し、抗体がウイルスの増殖を助けていると考えられます。
病原体によって、3種類の抗体のでき方に差があります。多くのウイルスは獲得免疫が働くと善玉抗体がたくさんできるのですが、エイズは役なし抗体が圧倒的に増えます。また、3種類の抗体のでき方は、同じ病原体に感染しても個人差があります。善玉抗体を作りやすい人は治りやすく、悪玉抗体や役なし抗体を多く作る人は治りにくいのです。そしてやっかいなのは、善玉、役なし、悪玉のどれが増えているかは、ウイルスを培養細胞にかけて感染試験をしないと分かりません。そのためには高度な設備を持つ研究機関でないとできず、そうした研究施設は極めて限られているのが現状です」
免疫、半年程度で消える?
――抗体だけで免疫を語るなということですが、集団免疫についてはどうですか。
「先ほども述べたように、自然免疫だけでウイルスを撃退する人もいるのですから、抗体の保持率だけを考えるのは意味がありません。それと、集団免疫を考える時、一度獲得した免疫が長期間にわたって続くことが前提ですよね。すぐに免疫が消えてしまったら、多くの人が免疫を持っている期間がなくなってしまうわけですから。しかし、新型コロナウイルスの免疫が続いている期間はとても短いようなのです。私は半年程度ではないかと考えています。免疫が半年程度しか続かないとしたら、集団免疫はいつまでたっても獲得できないことになります」
「先ほどの武漢医科大学の研究では、8週間後にもう一度抗体量を測定したところ、軽症者で4割近く、重症者でも2割の人が抗体が検出不可能なほど少なくなり、持っている人も抗体量は8分の1程度に減っていました。こんなに早く抗体の量が減るのは、ほかのウイルスではあまり考えられないことです」
「破傷風やポリオなど、ワクチンを一度打てば免疫が数十年も続く病気もあれば、インフルエンザウイルスのように、3カ月程度しか続かないものもあります。私は新型コロナウイルスはワクチンが出来ても、インフルエンザと同じように有効期間は極めて短いものになるのではないかと考えています」
自然免疫をフル稼働させるには?
――新型コロナウイルスに対抗するためには自然免疫が大切だということですが、自分の自然免疫の力がどの程度のものか、測定する方法はありませんか。
「自然免疫を測るものとして白血球の数があります。簡単に測れますが、これは機能を表すものではありません。血中のナチュラルキラー(NK)細胞を刺激して自然免疫の強弱を測る方法が最近、がん患者さんに使われるようになりましたが、まだ一般的ではありません。残念ながら、自然免疫の力を簡単に測れる物差しは今のところありません」
――免疫を強くするために、私たちは何をしたらいいのでしょうか。
「免疫を強くするといういい方は適切ではありません。免疫が強くなりすぎると、健全な細胞を攻撃することになりますから。各種のアレルギーや関節リウマチなどは、免疫が強くなりすぎた結果です。強くするのではなく、自分が持つ免疫がフルに活躍できる状態に保持することが大切です。そのためには、まずはストレスの少ない生活をすること。なかなか難しいですが。リンパ球は血液の流れに乗って全身をパトロールしていますから、有酸素運動をしたり、毎晩お風呂に入って体温を上げたりして、血流をよくすること。
もう一つは、免疫は体内時計がつかさどっているので、昼間は免疫が強くなり、夜は弱くなります。ですので、体内時計を毎朝きちんとリセットして、規則正しい生活をすること。朝日を浴び、軽い体操や散歩するなどして、体内時計が狂わないようにするのは大きな意味があります」
――食事はどうですか。
「私は乳製品をよく食べ、納豆も好きですが、これ一つだけ食べれば、免疫を強くする、なんていう食品はありません。何事も過ぎたるは及ばざるがごとしです。満遍なく、バランスのよい食事を心がけることでしょうか」
「免疫は加齢が非常に大きな要素です。50代を過ぎると、免疫力は半分になると言われます。新型コロナウイルスの重症者の95%は60代以上というのは、うなずける数字です。獲得免疫はさまざまな病原体を記憶しています。ですから高齢者は免疫の経験値は高いのですが、それぞれの免疫が弱体化する。いわば、免疫も老兵化するのです。そして数も少なくなります。元に戻すことはできません」
ウイルスは変異してる?
――新型コロナウイルスは変異が速いと言われます。それで第2波、第3波は病原性が大きく変わり強くなって襲ってくるという説があります。
「変異が速いのは間違いありませんが、それはRNAウイルスの特徴です。でも他のRNAウイルスに比べ、変異の幅は大きくない。遺伝子をコピーするときに、エラーが起きるのですが、コロナウイルスはそれを修復するメカニズムを持っているのです。たとえば、同じRNAウイルスであるインフルエンザウイルスは変異の幅が大きい。だから、ブタやトリからヒト、またヒトから動物へ感染する、とんでもない変異を起こす。新型コロナウイルスで、明らかに病原性が高まった変異は今のところありません。病原性の強さでいえば、大体同じくらいです。
一部に、『日本では最初に病原性が弱い新型コロナウイルスが入ってきて、その後に病原性の強い新型コロナウイルスが入ってきた。日本人は新型コロナウイルスの免疫が出来ていたから、死者が少ないのだ』という説を唱える人もいますが、これまでのところ、病原性の強弱に明らかな違いのある変異は確認されていません。
変異といっても、悪い方向への変異もあれば、良い方向への変異もある。五分五分です。SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)は致死率が高く、宿主が死んでしまうので、結局ウイルスも死んでしまい、人間社会に定着できなかった。新型コロナウイルスはSARSやMERSの近縁ですが、重症化する患者は2割で、病原性は強くありません。だから宿主が死んでウイルスが消滅することはありません。しばらく、私たち人類は新型コロナウイルスと共生することになるでしょう」
私たちの暮らしは・・・
――新型コロナウイルスが猛威を振るい始めて半年。相手の素性がだんだん分かってきたところで、免疫学者として、私たちはどんな対策を取るべきだと思いますか。
「練習で大声を出すため、相手に飛沫が飛ぶことを懸念した全日本剣道連盟に頼まれ、私が実験した結果、①よほど大きな気合を出しても多くの飛沫は2メートル以下で地面に落ちてしまい、1.5メートルの距離を取れば直接に飛沫を浴びる可能性は極めて小さい②マスクを着用すれば9割の飛沫の飛散は防げる③微少飛沫は残るが、換気すれば飛散することが確認できました。従って、他人と1.5メートルの距離を保つ、他人に感染させないためにマスクを着用する、換気する、しっかり手洗いする、といった緩やかな接触制限と行動変容で対応できます。一時期言われた、人々の全体の接触率を8割減らすといったマスの対策は必要ないと思います。
ワクチンが出来れば、新型コロナウイルスはインフルエンザウイルスと同程度の病原体となりますが、作りやすく、安く作れる良いワクチンが出来るのには2年以上かかるでしょう。重症化を止める薬が出てくれば、普通の感染症となりますが、それにはまだ時間が必要でしょう。しばらくは、新型コロナウイルスと共生していかなくてはなりません」
宮坂昌之(みやさか・まさゆき) 大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授
1947年、長野県生まれ。73年京都大学医学部卒。81年オーストラリア国立大学ジョン・カーティン医学研究所博士課程修了、PhD(免疫学)取得。スイス・バーゼル免疫学研究所メンバー、東京都臨床医学総合研究所免疫研究部門・部長などを経て、94年、大阪大学医学部教授。2012年、名誉教授になると同時に現職に就任。
主な著書に『標準免疫学』『免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か』『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』などがある。
趣味は剣道。七段教士。モーツァルトとバッハを愛し、赤ワインを好む。
木村正人 在英国際ジャーナリスト 2020/5/16(土) 13:58
[ロンドン発]感染症数理モデルは集団免疫理論に基づいています。しかし新型コロナウイルスに感染して抗体を持つ人が一定程度、増えれば、そうした人たちが壁になって流行は本当に終息に向かうのでしょうか。
テレビでもすっかりお馴染みになった免疫学の第一人者である大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授にテレビ電話を通じて質問してみました。
木村:加藤勝信厚生労働相が15日、献血された血液で新型コロナウイルスの抗体を調べたところ陽性率は東京都の500検体で0.6%、東北6県の500検体では0.4%だったと明らかにしました。
大規模抗体調査を来月から実施するそうですが、どんな意味を持つのでしょう。
宮坂氏:使われたキットがどこのものか公表されていません。抗体検査キットの中には精度も感度も悪いものがあります。今回の陽性率はかなり低く出ており、解釈が難しいと思います。
最近出た論文では14種類の抗体検査キットを調べた結果、満足に使えるのは3つだけでした。つまり抗体検査キットは今の段階では精度も感度も非常に悪い。陽性率が高く出てしまうキットは新型コロナウイルスだけでなく鼻風邪コロナも引っ掛けてしまう。
陽性率が低く出過ぎるのは感度が悪いのと、新型コロナウイルスの場合は免疫のでき方が非常に悪いことが関係しています。抗体がなかなか上がって来ないし、量も少ない。
これまでに出た論文で抗体のでき方と病気の重症率が調べられています。もし、良い抗体(善玉抗体)だけがつくられていれば、抗体の出現、増加とともに重症化率は下がらないといけないはず。
ところがこの病気では多くのケースで抗体の量が増えているのに重症化率も上がっています。一方、抗体の量が少ないのは軽症の人たちです。
抗体の中には少なくとも3種類のものがあります。善玉抗体と悪玉抗体と役なし抗体です。SARS(重症急性呼吸器症候群)や MERS(中東呼吸器症候群)では善玉抗体とともに悪玉抗体ができることが報告されています。
ネコのコロナウイルスのワクチンでは開発途中に悪玉抗体ができて病気が悪くなったという例もあります。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の場合には全てできる抗体が役なし抗体で、抗体がいくらできてもウイルスを殺してくれません。
こういう役なし抗体も新型コロナウイルスではできています。ですから単に抗体の量だけを見ても、本当にどの程度、正しい免疫ができたのか、よく分かりません。
じゃあ善玉抗体だけ測ればいいじゃないかという方法があります。
中和抗体測定法がそれです。試験管の中で培養細胞にウイルスをかける時にそこに抗体を共存させたならばどのぐらい感染が抑制されるか、ウイルスの感染度を中和する能力を調べる検査があります。
この測定法はバイオセーフティーレベル3のところでないとできません。培養細胞を持っていてウイルスを培養しているところでしかできません。普通の検査機関ではできません。
普通の検査機関では単にウイルスと結合する抗体の量だけを測っています。新型コロナウイルスの場合は3種類全ての抗体ができているのではないかとみられています。抗体検査キットにはそういう問題があります。
抗体の量だけ測って、機能は測っていません。
HIVの場合は抗体をつくることができても役なし抗体ばかりなので、ワクチンはまだできていません。新型コロナウイルスでも、こういうことが起こり得ます。
今まで見ているところでは、新型コロナウイルスは抗体のつくり方が弱くて、タイミングも遅い。抗体だけ測っていて良いのかということになってきます。
抗体検査による陽性率は、誰が測定するのか、サンプルの保存の仕方にもよります。PCR検査の陽性率から見ると、東京では10%を切っています(筆者注:累計で東京9.5%、日本全国6.9%)。
あれほどPCR検査を実施しているドイツで陽性率は6%ぐらい(筆者注:5.6%)です。100人で6人ぐらいです。このことを考えると、おそらく東京でも感染者は100人に数人かそれ以下でしょう。
ただし、抗体で見るともう少し高く出てくる可能性はあります。というのは、今の抗体検査キットでは鼻風邪コロナも引っ掛けてきてしまう可能性があるからです。どうも、出てくる数字はあまり信用できなさそうです。
一方、つい最近スイスのロシュが出した抗体検査キットは感度99%です。精度も高いので、そういうのを使うと、今の社会で何%ぐらい感染したのかが分かると思います。
フランスで調べたら4.4%しか感染していなかった、最も感染が広がっていたパリでも9~10%だったというパスツール研究所の報告が出ています。スペインでも5%だったそうです。
どの抗体検査キットを使ったのか、感度がどのくらいなのかという問題はありますが、メディアはわずか数%しか感染していなかった、やはりこのウイルスは集団免疫をつくりにくいんだという論調でした。
どうも、このウイルスは免疫を起こす力が非常に弱いし、起こっても遅い。抗体だけを見ていると、判断が非常につきにくい。
今まで集団免疫は、獲得免疫の、しかも抗体というパラメーターだけを見て判断していましたが、私は、それは間違っているのではないかと思っています。
ウイルスに対するからだの防御というのは、獲得免疫だけが規定しているのではなくて、われわれの免疫は自然免疫と獲得免疫の2段構えになっています。
自然免疫が強かったら獲得免疫が働かなくたってウイルスを撃退できる可能性があります。
自然免疫だけでウイルスを撃退することもあるから、抗体の量や陽性率だけを見ていても集団免疫ができているかは判断できない可能性があります。今回はそういうことが起きているのかもしれません。
木村:人間と家畜を比べるのはふさわしくないのかも分かりませんが、恐ろしいのは口蹄疫の教訓です。
英国では新型コロナウイルス対策の感染症数理モデルをつくるインペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授のモデルに基づき、口蹄疫対策で650万頭もの家畜が殺処分にされました。
口蹄疫ウイルスも変異を繰り返しており、ワクチンは万全ではありません。新型コロナウイルスの致死率はそれほど高くはないものの、経済的・社会的・政治的コストは計り知れません。
悪夢のシナリオに備えなければならないように思えるのですが。
宮坂氏:問題は、集団免疫に対する考え方です。これは「特定の集団の何割が免疫を得たら感染流行が収まるか」を計算するものであって、もし免疫がなかったら何割死亡するのかということを示すものではありません。
そこが間違って使われていると私は思います。
新型コロナでは基本再生産数(Ro)が2.5だとすると、集団免疫閾値は(1-1/2.5)x100 = 60%となり、6割の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要であることが示唆されます。
ただし注意すべきなのは、この場合、一般的には「免疫」とは抗体ができることを指していて、「獲得免疫」のことであるというのが暗黙の了解となっています。
しかし、個体レベルではウイルスに対する防御は2段構えであって、自然免疫と獲得免疫がウイルス排除に関与します。
もし自然免疫がうまく働けば、少数のウイルス粒子が侵入してきても自然免疫だけでウイルスを排除できる可能性があります。つまり獲得免疫が働かなくてもウイルスは排除できる可能性があります。
実際、最近の研究結果から、自然免疫はさまざまな刺激によって訓練され、強化されることがわかっています。
例えば、結核ワクチンであるBCGは結核菌に対する免疫だけでなく、一般的な細菌やウイルスに対する反応能力を上げることが指摘されていて、その作用機序として、BCGが自然免疫を強化・訓練することが示唆されています。
その可能性を示すものとして、オランダの研究グループがBCG接種後に生ワクチンである黄熱病ワクチンを投与してその後に出現する一過性ウイルス血症の頻度を調べています。
BCG接種により(獲得免疫の関与なしに)ウイルス血症の出現率が有意に下がったことが示され、自然免疫が訓練・強化されていると、獲得免疫が働かなくともウイルスに対する生体防御が起こることが示唆されています。
つまり、集団免疫のことを語る際には、獲得免疫のことだけではなくて、個人レベルで働く自然免疫と獲得免疫の両方を考慮に入れる必要があると思われます。
新型コロナウイルスの場合、上に述べたように「6割程度の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要である」と信じられていますが、実際にそうなっているでしょうか?
例えばこれまで激しい流行があった中国湖北省武漢市でも、またクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも感染した人は全体の2割程度でした。集団の6割も感染をするようなことは観察されていないのです。
その理由は大きな流行が始まると、人は隔離措置をとり、接触制限をするようになるからで、それとともに上記の基本再生産数が小さくなるのです(これを実効再生産数と言います)。
接触制限によってR値が1.2まで下がると、上記の公式で集団免疫閾値は20%以下(筆者注:16.7%)となります。これが、実際に武漢市やダイヤモンド・プリンセスで起きていたことではないかと私は考えています。
つまり、一部の人たちは自然免疫と獲得免疫の両方を使って不顕性感染の形でウイルスを撃退したのかもしれませんが、かなりの人たちは自然免疫だけを使ってウイルスを撃退した可能性があるのかもしれないということです。
多くの人は感染が成立する前にウイルスを撃退したという可能性です。
これについては感度、精度の高い抗体測定キットが出てきて、何割の人が本当に抗体を獲得したか(感染したのか)が分かるようになると、この考え方が妥当であるか、判断できることになるでしょう。
次に、この集団免疫の考え方を援用して言われてきたのが「われわれはこのウイルスに対して免疫を持たないので、無防備の状態で感染が広がると集団の中の60%ぐらいの人たちが感染するであろう」ということです。
実際、イギリスのファーガソン教授もスウェーデンの疫学者アンデシュ・テグネル氏も、さらには厚生労働省クラスター対策班の北海道大学大学院、西浦博教授もこの数字を挙げていました。
しかし、私はこの仮定は違うと思います。前述したように、このようなことは武漢市でもダイヤモンド・プリンセスでも起こってはいません。これはスペインでもイタリアでも起きていません。
大きな感染症の時には人は必ず都市封鎖などの強い交通制限策をとるので、感染は抑制され、これとともに実効再生産数が下がるからです。そして予想よりもずっと低い集団免疫閾値に落ち着くのです。
特にこのウイルスが起こす免疫はあまり高くなく、持続も短いようなので、免疫学者の目から見る限り、集団の60%もが免疫を獲得するような状況は、余程良いワクチンが出てこない限り起こり得ないでしょう。
ウイルスに出会わなかった可能性は否定できません。しかし都市封鎖や社会的距離が導入される前からウイルスは広がっています。
それでもファーガソン教授や西浦教授が言っているような何も対策をとらなければ集団の6割が感染してしまうというような状況は起こっていません。
私は西浦教授の理論自体は正しいと思っているのですが、「このウイルスは何も対策を立てないと人口の6割が感染して何十万もの人が死ぬかもしれない」という前提は間違っていると思います。
どちらが正しいかどうかは良い抗体検査キットが出てくると、本当に感染した人が2割だけだったのか分かります。
集団免疫を獲得すればこの感染症を克服できるとファーガソン教授が言ったのは結局、間違っていたと私は考えています。それを示すことに、スウェーデンは外出制限を厳しくせずに北欧の中で断トツに多い人口100万人当たり361人の死者を出してしまいました。
【人口100万人当たりの死者数】
ノルウェー 43人
フィンランド 53人
デンマーク 93人
スウェーデン 361人
集団免疫閾値はこの新型コロナウイルスの場合、60%は成立しない。たぶん良くて20%だと思います。2割だったら今後ワクチンができてくると確実にそこは到達できると思います。
ナチュラルな状況で人が感染して治るという状況だと、おそらく毎年、このウイルスにお付き合いすることになると思います。
宮坂昌之氏
1947年長野県生まれ、京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学博士課程修了、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所、1994年大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター臓器制御学研究部教授、医学系研究科教授、生命機能研究科兼任教授、免疫学フロンティア研究センター兼任教授。2007~08年日本免疫学会長。現在は免疫学フロンティア研究センター招へい教授。新著『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』(講談社)。
(つづく) [バックアップ注:続きである(下)は、ネット上に見当たりません。記事は出なかったようです。]
木村正人 在英国際ジャーナリスト
在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com